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大阪地方裁判所 昭和50年(わ)2131号 判決

主文

本件は管轄違。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、大阪府豊中市玉井町一丁目二番一二号において、『バーリーコンチネンタル』と称する賭博遊技機三四台を設置してゲームセンター『ラスベガスインバーリー』を経営するものであるが、同店の営業責任者新井敬澤こと朴〓澤及び同店の従業員松田こと金英子らと共謀のうえ、常習として、自らは胴となり、同店に来る客を張り手として、張り手をして同遊技機のコイン投入口に一枚につき現金二〇円と交換したコイン一枚ないし六枚までを投入させ、張り手がスタートハンドルを引くことにより自動式に回転する同遊技機電光盤の絵模様が合つた場合には、張り手が自動的に最低二枚から最高一、五〇〇枚のコインを受けたうえ、被告人らからコイン一枚について現金二〇円の払戻金を取得し、そうでない場合には被告人らにおいて、賭金である投入したコインにみあう金員を取得する約束のもとに、昭和四九年一二月一六日、同店において、賭客である阿曽陽時に三五番台の遊技機を用いて三、〇〇〇円を、同中村淳一に八番台の遊技機を用いて一万三、〇〇〇円を、同笹部恒夫に一六番台の遊技機を用いて一、〇〇〇円をそれぞれ賭けさせ、もつて賭博をなしたものである。」というもので、刑法一八六条一項、六〇条に該当するというのである。

そこで、検討するのに、右公訴事実は、そのうち被告人に賭博の常習性があつたという点を除いて、検察官の請求により取調べた各証拠により優にこれを認定することができ、被告人らと阿曽陽時ほか二名の客との間でなされた本件遊技機による賭銭行為が刑法にいわゆる賭博に該当することも充分肯認することができるが、被告人に賭博の常習性があつたという点については、証拠上これを認めるに充分でない。すなわち、常習賭博罪における常習性とは、反覆して賭博行為をする習癖をいうもので、行為の属性としてではなく、行為者の属性として把握すべきものであるところ、前記各証拠及び被告人の当公判廷における供述によれば、被告人は、昭和二一年頃から肩書住居地において鋳造業を営んでいる者で、これまで何らの前科も有しないうえ、博奕はもとより競馬、競輪、競艇などの賭け事にも一切手を出していないこと、本件ゲームセンターを経営するようになつたのも、昭和四九年一〇月頃、遠縁にあたる朴〓澤から「プラステイツク加工業をやつてきたが不景気で仕事がなくなつた。ゲームセンターがよく儲かるらしいので、どこかよい場所を探してくるから、そのときは金を貸してほしい」旨頼まれたことがきつかけとなつたもので、その後朴の方でまだ探し出せないでいるうち、たまたま同年一二月一〇日頃被告人がゴルフ場で会つた知人からその経営している本件ゲームセンターを売りたい意向を聞き、早速朴に連絡して同人と共に下見などして検討し、売主と折衝した結果、同月一四日本件ゲームセンターを五、五〇〇万円で被告人が購入取得し、前記朴を支配人として経営を委ね、親戚の金英子らを従業員に雇い入れ、同日午後四時をもつて開店営業中の同店を引き継ぎ、従前と全く同じ方式で営業させるに至つたが、それから僅か三日目の同月一六日午後八時三〇分頃、前経営者当時から常習賭博容疑で同店を内偵していた警察官に本件犯行を現認され、その場で前記朴、金英子、賭客らが逮捕されたため、同日をもつて営業を廃したものであることが認められ、右認定の事実関係によつてみる限り被告人に反覆して賭博行為をする習癖があつたとは到底考えられず、他にかかる習癖のあつたことを示す事情を見出すことはできない。検察官は、本件のように多数の遊技機を設置した店舗でもつて営業形態で行う賭博においては、行為者に営業的意図のもとに将来反覆累行する意思があれば、たとい実際に行つた期間が短かくても常習性を認めるべきであると主張するのであるが、この見解に立てば、営業形態で行われる賭博については、営業に継続的に従事する者は誰でもすべて常習性があるということになり、これは行為者の属性である「常習性」に代えるに行為の属性である「営業」をもつてするものであつて、常習性の概念の不当な拡張といわなければならず、右主張は到底採用することができない。営業形態による賭博の場合における営業の継続は、必ずしも常に賭博習癖の形成をもたらすものではないと考えられるが、少くとも、営業の継続自体によつて習癖が形成されたと認められるためには、ある程度の期間の経過が必要であるというべきであつて(最判昭和二八年一一月二〇日、刑集七巻一一号二〇六七頁参照)、僅か三日間営業を行つたにすぎない本件においては、その間にも一〇〇名を超える客が遊技機を用いて賭銭していることがうかがわれる点を考慮しても、営業によつて被告人に賭博習癖が形成されたと認めることは困難である。

右のとおりであつて、本件については刑法一八六条一項の常習賭博罪の成立は認められず、同法一八五条本文の単純賭博罪の成立が認められるにとどまるところ、右単純賭博罪は罰金以下の刑に当る罪であつて簡易裁判所の専属管轄に属し、当地方裁判所の管轄には属さない。この場合にどのような裁判をするべきかについては理論上見解の分れるところであり、大別すれば、単純賭博に訴因が変更されたときは管轄違の判決を、訴因変更がなければ常習賭博の訴因につき無罪の判決を言い渡すべきであるという説と、訴因が変更されたときはもちろんのこと、訴因変更がなくても管轄違の判決を言い渡すべきであるという説とがあるが、この点は、訴因の性格についての理解のほか、検察官が単純賭博の事実であつても訴追する意思であるかどうかという事案の具体的性質にも関わるものであり、これを本件についてみれば、検察官は当裁判所の訴因変更命令には応じなかつたけれども、単純賭博の事実であつても訴追する意を有することが審理の経過から明らかであつて、これらにかんがみ当裁判所としては後者の説によるのが相当であると考えるものである。

よつて、刑事訴訟法三二九条本文により本件につき管轄違の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

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